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2013-05-18

近況など

近況など:

DIARY | KEIKO KITAGAWA OFFICIAL WEBSITE









近況など


2013/05/18(Sat)






初夏を思わせる陽気となりました。皆様お元気ですか。



スタッフの記事にもありましたが、私は連日スタジオにこもり撮影をしておりました。

とてもハードでしたが、古巣の東映大泉での撮影でしたので

懐かしい方に沢山お会いして楽しい日々でした。



先日はデビュー作のセーラームーンでお世話になった白倉プロデューサーや

田崎監督にお会いし「あれから10年、早いですね」等とお話しました。



白倉さんは映画「Dear Friends」で東映大泉でお会いして以来、

田崎監督は昨年太秦東映で「みをつくし料理帖」を撮影していた時に

田崎組と撮影時期が重なりよくお会いしていて、その時以来でした。



どなたとお会いしても、いつも決まってセーラー時代の思い出話に花がさきます。



忘れもしない10年前、セーラー戦士役の最終オーディションで

歌や踊りなど何か一芸を披露する、という審査があったのですが、

ごくごく普通の冴えない高校生だった私は何も一芸を持ち合わせておらず

オーディション前夜まで何を披露するか決められずにいました。



就寝前、私はとうとう思い詰め、サツマイモを半分に切ってラップで包み

彫刻刀と一緒に鞄の中に入れました。

そして当日のオーディション会場では容姿端麗で、

歌やダンスやバレエ、新体操など才能豊かな少女たちに紛れ

もうどうにでもなれと惨めな気持ちで審査員の前で黙々と芋版を彫って合格しました…



田舎から芋を持って上京した17の私は現実に打ちのめされ

神戸までの帰りの新幹線では「落ちるなら芋で落ちた。」と何度も強く思いました。

今では、芋があったから今の自分がいる、と強く思っています。

芋版で合格にして下さったお心の広い白倉さん、田崎監督には今も頭があがりません。(笑)



そんな思い出深いオーディションから、デビューさせていただき

1年と数か月を特撮に生きたので、東映は私にとってとても思い出深い場所です。

大泉学園の駅の周りも、スタジオも、すべてに思い出が詰まっていて

駅からスタジオまで15分、皆で話しながら歩いたなぁ、

ここの化粧前は沢井さんがよく使っていたなぁ、

この控室を昔は5人で使ってたなぁ、などと

自然と戦士4人の姿が浮かんできて、楽しかったな、と懐かしく思います。



久しぶりに撮影所に立ち、10年続けてこられて本当に良かったと思いました。

ここからスタートして、色々な方に出会い、助けられ支えられ

御縁が繋がり、10年経ち今の私がまたここに立っていられるのですから、

なんと自分は人に恵まれてきたことかと、ひしひしと感じます。

めぐり合い、奇跡、そんなことについて考えていた今日この頃です。



今回の現場のスタッフさんにも、「水に棲む花」という懐かしい映画でご一緒した方から

森田組で何度もご一緒した方、他にも過去の作品でお会いした方が沢山いらっしゃって

初めての組とは思えない環境でのびのびやらせていただいています。

「またお会いできるように精進してまいります」とクランクアップでご挨拶をして、

何年か経て本当に同じスタッフの方とご一緒できた時、とっても嬉しくなるものです。

今回はそんな喜びの大きな現場です。

成長した姿を見せられたらと思いつつ…良い作品を作れるよう頑張ります!



これは先日実現しなかった和田さんとの2shotです。

田崎さんと和田さんが東映で撮影していると噂を聞きつけ訪問してきました。







つい「赤やってます。」と自己紹介してしまう我々です。



そして最後にお知らせです。

5月19日(15:00~15:30)放送のTBSの「宝塚歌劇100年の愛」(関東のみ)

という特別番組に出演させて頂きました。

この番組内ではインタビューという形で蘭寿とむ様と対談させていただきました。



宝塚という素晴らしい歌劇団の存在、蘭寿とむ様という舞台人の存在を

もっともっと多くの方に知っていただきたい。

そのために、一ファンに過ぎない私ではありますが

少しでもお役に立てるのならば、という想いでこのお仕事を受けさせていただきました。

1年前の私が知らなかった幸せな気持ちを、一人でも多くの方に感じていただけたら幸いです。



ファンの方から「蘭寿様を目の前に無事でしたか?」という主旨の質問を沢山いただきましたが

無事です!大丈夫でした!(笑)



いつもは客席から拝見しておりましたので、対談が始まる前は極度に緊張しましたが、

いざカメラの前にたつと謎の使命感が生まれ、不思議と冷静に任務を遂行できました。



100年続く宝塚の伝統、戦国BASARAのお話、トップとしての蘭寿様の想い、等々

きっとファンの皆様が蘭寿様にお聞きしたいことはこういうことなのでは、と

前日からリストアップした質問を、限られた時間の中でお聞きし

とても素敵なお話を沢山していただきました。



いつも私は質問して頂く側なので

質問や番組の構成、進行を考えながらの収録は難しかったですが、

いい経験になりました。

この歳になっても、本当に日々勉強です。



収録後数日経ってから、あの時もっと蘭寿様のお姿を焼き付けておくんだった、と

じわじわ後悔していますが、私もお仕事で行かせて頂いていたから

どのみちあの時はガン見はできなかったはずだと自分に言いきかせています。

やはりファンたるもの客席から心置きなく追い続け、この目に焼き付けるべし。

戦国BASARAでは燃えつきたいと思います。大車輪!










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May 18, 2013 at 05:35PM via ifttt




北川景子 Keiko Kitagawa official 『赤』について質問頂きましたが、説明不足ですみません(・_・;

特撮戦隊の作品は新人の役者が起用されることがほとんどで、我々レンジャーはスタッフの方にはまず名前よりも色を覚えていただきます。
アクションのリハーサルなども、コスチュームはとても大切なものですので、本番以外は着用せずに行います。ですのでスタッフの方はリハーサル着ではどの子が何色かわからなくなるので、『赤やってます』と自分で毎回言うようになるのです。

スタッフの方やアクション指導の先生方にも、赤の蹴りが低い、とか、赤と青の動きをチェンジで、とか色でよんでいただきます。

そうしていくうちに、みな自分のカラーに対する自覚と誇りが芽生えるのです(*^^*)
いいね!を取り消す · 返信 · 23 ·5月18日 23:52



北川景子 Keiko Kitagawa official 芋版に彫ったのは私の記憶が正しければ、その場にいらした審査員の方のうちの一人のお名前です。

お名前頂戴できますか、という感じで伺って彫った気がします
いいね!を取り消す · 返信 · 28 · 5月24日 17:16

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